栃の実(とちのみ)

大正13年発表

金沢から北国街道を経由して東京へと向かう旅路での出来事を綴った、エッセイ的作品。

早朝に宿を出発した鏡花は、武生(たけふ)に着いたところで思案に暮れる。

その年の夏に起きた水害で崖崩れが起こったために、汽車も陸路も不通という知らせを受けていたからである。

ただ一つ、最も山深い難所ではあるが、栃木峠から中の河内(なかのかわち)を通る山越え路は通じているという。

覚悟を決め、険しい峠が重なる山へと一人で入っていくと そこは想像以上の悪路であった。

田畑の作物は先の洪水でなぎ倒され、街道には流された大木が横たわっている。

加えて残暑の焼けつくような日差しに、鏡花は体調を崩してしまう。

やっとの思いで虎杖(いたどり)宿へと辿り着き、地元の親父に駕籠の手配を頼むと、快く出してくれるというーーー

栃の大木が生い茂る山中の描写は恐ろしくも神秘的。

また、峠の茶屋の娘が山姫になぞらえられるなど、深山の幻想的な空気を漂わせた短編です。

厳しい自然と対をなすように土地の人々との温かい交流が描かれ、 タイトルにもなっている栃の実が印象的に用いられています。