大正期発表作品

エッセイ

栃の実(とちのみ)

金沢から北国街道を経由して東京へと向かう旅路での出来事を綴った、エッセイ的作品。 早朝に宿を出発した鏡花は、武生(たけふ)に着いたところで思案に暮れる。 その年の夏に起きた水害で崖崩れが起こったために、汽車も陸路も不通という知らせを受けていたからである。 ただ一つ、最も山深い難所ではあるが、栃木峠から中の河内(なかのかわち)を通る山越え路は通じているという。 覚悟を決め、険しい峠が重なる山へと一人で入っていくと そこは想像以上の悪路であった。 栃の大木が生い茂る山中の描写は恐ろしくも神秘的。また、峠の茶屋の娘が山姫になぞらえられるなど、深山の幻想的な空気を漂わせた短編です。 厳しい自然と対をなすように土地の人々との温かい交流が描かれ、 タイトルにもなっている栃の実が印象的に用いられています。
大正期発表作品

人魚の祠【後編】(にんぎょ の ほこら)

人魚の祠【前編】のつづき。 桃源郷のごとく幻想的な沼辺で、工学士が目にした風景。 靄に包まれた中に現れたのは釣りをする三人の美女の姿だった。
大正期発表作品

人魚の祠【前編】(にんぎょ の ほこら)

大正5年発表。 「私」と友人の工学士が出席した茶話会の会場には、名も知れぬ真っ白い花が咲き乱れ、濃く甘い香りがあたりを包み込んでいる。 帰りの電車で同じ花の香りを纏った女性と乗り合わせた途端に、工学士の顔色がさっと変わるのだった――。
大正期発表作品

眉かくしの霊・その5(まゆ かくし の れい)

眉かくしの霊・その4のつづき。愛人である画師の汚名を雪ぐために木曽奈良井宿を訪れた芸者のお艶。料理人の伊作は、旅籠の提灯で守護するように真夜中の仇討ち道中を先導するのだった。だが途中で提灯の灯が消えてしまい―――。
大正期発表作品

眉かくしの霊・その4(まゆ かくし の れい)

眉かくしの霊・その3のつづき。 木曽奈良井の旅籠に投宿した境賛吉に、宿の料理人・伊作は土地の因縁の物語を話して聞かせる。 それは、一年前の冬に起こった間男(まおとこ)事件のことであった――。
大正期発表作品

眉かくしの霊・その3(まゆかくし の れい)

眉かくしの霊・その2のつづき。 投宿した旅籠の湯殿で怖ろしくも不思議な体験をした境賛吉。 自室へと戻ると、ふわりと巴紋の提灯が境の座敷へと入り込む。すると白鷺と見紛うたたずまいの女が、座敷の鏡台に向かい化粧をしているのだった―――。
大正期発表作品

眉かくしの霊・その2(まゆかくし の れい)

眉かくしの霊・その1のつづき。 木曽街道は奈良井宿に逗留することを決めた境賛吉は、宿の母屋から長々と離れた十畳座敷へと通される。座敷そばの洗面所からは、幾たび閉めても止まない水音がこだまするのだった――。
大正期発表作品

眉かくしの霊・その1(まゆかくし の れい)

大正13年発表。信州は木曽街道・奈良井宿の旅籠に投宿した境賛吉(さかいさんきち)。宿の夕餉で出された鶫料理に因み、芸妓と鶫の生き血の不可思議な話を料理人に語り始める―――。
大正期発表作品

高桟敷・その2(たかさじき)

高桟敷・その1のつづき。 宙に吊られた如くにそびえる高桟敷の御殿。そこにはこの世のものとは思えぬ美しい女と、美女に使える女の童が住まっていた―――。
大正期発表作品

高桟敷・その1(たかさじき)

大正13年発表。 崖に囲まれた谷町窪地を散策していた青年教師・木崎時松は、墓地の崖下に続く汚い長屋路地に迷い込んでしまう。住人の女房たちに教えられるまま突き当たりの黒板塀に囲まれた寺の抜け道を進むと——現れたのは崖の頂辺から宙に吊られた屋敷。回り縁の欄干には、しなだれかかる妖艶な美女が——。