2021-08

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龍潭譚・その9~ふるさと~

【鏡花怪異譚】明治29年発表。 龍潭譚その8・渡し船(わたしぶね)のつづきエピソード。 老人に伴われて沼を渡り、少年・千里(ちさと)は故郷へと帰ってくる。 家に戻った千里を待ち受けていたのは、嘗ては親しかった友人や親類縁者たちの奇異の目であった。 再会を焦がれた姉ですら、千里のことを神隠しに遭って気がふれてしまったものと思い込んでいる。 毎日周囲からののしられ、あざけられているうちに、千里自身も疑心暗鬼に陥ってしまう。 あの九つ谺(ここのつこだま)で逢った美女の許に逃げ出したいと 狂おしいまでに願うものの、思い空しく、千里は暗室に閉じ込められてしまうのだった―――
幻想怪異譚

龍潭譚・その8〜渡船(わたしぶね)

【鏡花怪異譚】明治29年発表。 龍潭譚その7・九つ谺(ここのつこだま)のつづきエピソード。 謎めいた美女の添い寝を受けながら少年・千里(ちさと)は夢うつつに美女の寝姿に目を凝らす。 うす暗がりの有明に浮かび上がる、仰向けに横たわる整った顔だち。 その守り刀を持った白い手を眺めているうちに、千里は自分の母が亡くなった日の姿と 美女を重ねてしまう。 死の影を払おうとして守り刀に手をかけると、刀の切羽が緩んで血汐がさっとほとばしった。 千里は慌てて流れにじむ血を両手で抑えようとするが、血汐はとうとうと流れ、美女の衣を赤く染めていく。 美女は変わらず静かに横たわっている。 はっと気づいて見定めると、衣を染めたと見えたのは すずしの絹の着物に透けて映った、紅の襦袢の色であった。 日が高く上ったころに目覚めた千里は、昨晩あった老人に背負われて山を降りる。 美女はその後ろをついて歩く。 やがて大沼のほとりへとたどり着き、千里は老人に伴われて小舟に乗る。 一緒にと駄々をこねる千里だったが、美女は気分が悪くなるから、と岸で見送るのだった。 舟は水を切るごとに目くるめくようにくるくると廻る。 岸で見送る美女が右に見え左に見え、千里は前後左右の感覚を失ってしまう―――