2021-06

幻想怪異譚

龍潭譚・その6〜五位鷺(ごいさぎ)〜

龍潭譚その5・大沼(おおぬま)のつづきエピソード。 森の中で気を失ってしまった少年・千里(ちさと)。 涼しげな香りに目を覚ますと、柔らかな蒲団の上に身体を横たえているのだった。 頭をあげて見渡すと、庭の先には、青々と濡れたように草の生い茂る山懐が広がっている。 滑らかに苔むした巌角(いわかど)に浮かび上がる、一挺の裸ろうそくの火影。 筧(かけい)から湧き上がるように零れ落ちる水をたらいに受け、一糸まとわぬ美女が向こう向きに水浴をしている。 山から吹き下ろす風にちらちらと揺れる火影に映ろう雪の膚(はだえ)。 千里の気配に気づいて立ち上がろうとした美女のふくらはぎをかすめて飛ぶ、真っ白い五位鷺。 悠然と千里のもとに歩み来た美女は、千里が夕暮れ時に追いかけて殺したのは毒虫だったこと、 その毒に触れたせいで顔が変わってしまい、迎えに来た姉が千里に気づかずに去ってしまったことを告げるのだった――――。
エッセイ

栃の実(とちのみ)

金沢から北国街道を経由して東京へと向かう旅路での出来事を綴った、エッセイ的作品。 早朝に宿を出発した鏡花は、武生(たけふ)に着いたところで思案に暮れる。 その年の夏に起きた水害で崖崩れが起こったために、汽車も陸路も不通という知らせを受けていたからである。 ただ一つ、最も山深い難所ではあるが、栃木峠から中の河内(なかのかわち)を通る山越え路は通じているという。 覚悟を決め、険しい峠が重なる山へと一人で入っていくと そこは想像以上の悪路であった。 栃の大木が生い茂る山中の描写は恐ろしくも神秘的。また、峠の茶屋の娘が山姫になぞらえられるなど、深山の幻想的な空気を漂わせた短編です。 厳しい自然と対をなすように土地の人々との温かい交流が描かれ、 タイトルにもなっている栃の実が印象的に用いられています。