エッセイ

栃の実(とちのみ)

金沢から北国街道を経由して東京へと向かう旅路での出来事を綴った、エッセイ的作品。 早朝に宿を出発した鏡花は、武生(たけふ)に着いたところで思案に暮れる。 その年の夏に起きた水害で崖崩れが起こったために、汽車も陸路も不通という知らせを受けていたからである。 ただ一つ、最も山深い難所ではあるが、栃木峠から中の河内(なかのかわち)を通る山越え路は通じているという。 覚悟を決め、険しい峠が重なる山へと一人で入っていくと そこは想像以上の悪路であった。 栃の大木が生い茂る山中の描写は恐ろしくも神秘的。また、峠の茶屋の娘が山姫になぞらえられるなど、深山の幻想的な空気を漂わせた短編です。 厳しい自然と対をなすように土地の人々との温かい交流が描かれ、 タイトルにもなっている栃の実が印象的に用いられています。
幻想怪異譚

龍潭譚・その5〜大沼(おおぬま)~

龍潭譚その4・あふ魔が時のつづきエピソード。 黄昏時に現れる魔物から逃れるように、社の片隅に逃げ込んだ少年•千里。 そこへ、千里を探す姉と爺やの会話が聞こえて来るのだった。出掛けにいつも行う魔除けのまじないを、今日に限ってしてやらなかった事を悔やむ姉。 姉への恋しさに耐えかねて表へ飛び出した千里。千里を見つけた姉はすぐに手を差し伸べるが、その顔を見た途端「人違い」と告げて去ってしまう。千里は水面に映る自分の顔が別人の如き相貌に変わっている事に気づき、慄くのだった。 絶望感に苛まれながら姉の背中を追いかけて無我夢中で走り回るうちに、木々に囲まれた森の中の大沼にたどり着いた千里は、そのまま倒れ込んで気を失ってしまうーー
幻想怪異譚

龍潭譚・その4~あふ魔が時(おうまがとき)~

【鏡花怪異譚】明治29年発表。 龍潭譚その3・かくれあそびのつづきエピソード。 夕闇の古社にあらわれた美しく謎めいた女性。 目くばせされるままに暗がりの片隅へと歩み入ったところで、千里は「黄昏時の暗い片隅には魔物が棲むゆえに近寄ってはならない」という姉の教えを思い出して背筋を凍らせる。 左手にある坂道の底からは闇のような瘴気が立ち上るよう。恐ろしさに身を震わせながら狭い社の中に逃げ込むと、冥界から遣わされた獣が社を横切る気配がする。 魔物から守るために女性が千里を暗がりへと導いたか、と思いを巡らせているところへ聞こえてきたのは、千里を探す使用人たちの声。人か魔か判じることが出来ないままやり過ごしていると、悲しげに千里の名前を呼ぶ、恋しい姉の声が―――
幻想怪異譚

龍潭譚(りゅうたんだん)・その3〜かくれあそび〜

龍潭譚その2・鎮守の社(やしろ)のつづき。夕暮れ時にたどり着いた神社の境内では、千里(ちさと)と同じ年頃の子供たちがかくれあそびをしている。「かたい」と呼ばれるこの集落の子供たちと千里とは普段は交流することはない。しかし人恋しさと安堵から、千里は請われるままにかくれあそびの輪に加わる。隠れる者を探す鬼役となった千里が顔を覆って待っていると、いつしか人の気配は消え、滝の音と木々を揺らす風の音がするばかり。黄昏の境内に千里はひとり取り残されてしまう。途方に暮れていると、いつの間にか傍らに美しい女性が微笑んで立っているのだった―――
幻想怪異譚

龍潭譚(りゅうたんだん)・その2〜鎮守の社(ちんじゅのやしろ)〜

龍潭譚・その1~躑躅(つつじ)か丘~のつづき。躑躅の迷路に囚われてしまった少年・千里。見渡す限りに咲き乱れる赤躑躅から逃れるため、大波のように起伏する坂道を走り回るが、出口が見つからない―――。
幻想怪異譚

龍潭譚(りゅうたんだん)・その1~躑躅か丘(つつじかおか~)~

明治29年発表。 少年・千里は優しい姉の言いつけを肯(き)かずに、こっそりと家を出て遊びに行く。 燃え盛るように赤い躑躅の繁みへと足を踏み入れると、五色にきらめく美しい「毒虫」が千里の顔をかすめる。 毒虫退治に夢中になり躑躅の迷路を駆け回っているうちに、千里の視界は赤い躑躅ばかりに塞がれて、自分がどこから来たのか、どこへ行けばよいのか道に迷ってしまう―――。
幻想怪異譚

妙の宮(たえ の みや)

明治28年発表。 「妙の宮」と呼ばれる山中の社に夜遅く肝試しに訪れた、美しい少年士官。空まで続くような石段を登る半ばで、懐の金時計が鎖だけ残して消えていることに気づく。
大正期発表作品

人魚の祠【後編】(にんぎょ の ほこら)

人魚の祠【前編】のつづき。 桃源郷のごとく幻想的な沼辺で、工学士が目にした風景。 靄に包まれた中に現れたのは釣りをする三人の美女の姿だった。
大正期発表作品

人魚の祠【前編】(にんぎょ の ほこら)

大正5年発表。 「私」と友人の工学士が出席した茶話会の会場には、名も知れぬ真っ白い花が咲き乱れ、濃く甘い香りがあたりを包み込んでいる。 帰りの電車で同じ花の香りを纏った女性と乗り合わせた途端に、工学士の顔色がさっと変わるのだった――。
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紅提灯【全編】(べにちょうちん)

明治45年発表。 四谷見附から番町へと入る通りに鎮座する稲荷堂。真夜中にその境内へと迷い込んだ青年が遭遇する、怪異の物語。幻想的に浮かび上がる夜桜の景色に現れた不気味な老人と、青年に降りかかる思いもかけない出来事の数々。突然現じた美女は神か、それとも魔性か―――。